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第14回短編小説の集い参加作品~惑星ラウレンティスの謎肉

こんにちは、みどりの小野です。
第14回短編小説の集い、今回のテーマは食欲の秋の「食」!

食べ物を美味しそうに描くって難しいですね。
食べ物の事を考えて行ったら、なぜかSFになってしまいました。

今回もどうぞよろしくお願いします。

 

novelcluster.hatenablog.jp

 

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惑星ラウレンティスの謎肉

 

ホシノ・ケイジの航海日誌一日目

 

 今日惑星ラウレンティスに旅だつ。
地球の朝はいつも通り穏やかだ。決まった時間に起床、朝食は和食にした。当分は自分好みに誂えられたこの食事も味わえないのか、と少し感傷的になったが宇宙船に搭載された調理システムも家の物と同じメーカーだった、と気が付きおかしくなった。パラメーターさえ設定しなおせば、地球にいても遠い宇宙の先でも同じ味が楽しめる。

 モニターにはかに座星系からもたらされた新しい果物が映っている。地球で今一番高価で話題なのはこの果物、正しくはこの果物の味が再現されたレシピだ。

 大きなパンデミックの後人類の数は激減した。足りなくなった労働力を補うために世界はオートマチック化され、急激な進化を遂げた。人間ではなくコンピューターに統制された社会は驚くほど穏やかだった。人々は規則正しく健康的な生活を送る。朝は6時に起床、9時以降は外出禁止。11時には床に就くよう電気が消され通信コンソールは使用禁止になる。

無理のない仕事に社会参加、繁殖も機械化され男も女も自分にあったセクサロイドを与えられ性欲を持て余すこともない。

 平和な社会で人々が執着したもの、それは食だった。
今や食事は全てオートメーション化されている。限られた原料から機械が世界中の様々な料理を再現してくれる。皆どのメーカーのどのメニューが美味しい、再現度が高い、と夢中になった。調理システムも、新たなレシピも全てが社会の稼ぎ頭だ。

 しかし地球上で味わえる物には限りがある。低迷した食物業界を盛り上げたのは遠い宇宙からの新たな味覚。

かに座から来た新しい果物はアルタルフ、と名付けられ今年最大のヒット商品になった。今や様々な食物メーカーが新しい味を求めて宇宙に旅立っていく。

 僕もその一人だ。食に人一倍興味があり、この仕事に就いた。
遠い宇宙の果てで、新しい食べ物は見つかるのだろうか。胸が高鳴っている。

 

ホシノ・ケイジの航海日誌二日目

 

 船はようやく地球の引力から逃れた。乗組員達と旅立ちの祝杯を上げる。

乗組員達、といっても乗員は僅か三人。僕、同じくらいの年の女性ケイ・ミオカ。それから僕らを導いてくれる船の頭脳、ティンカー。

 ケイは日に焼けた肌と伸び伸びした手足が魅力的な女性だった。
遺伝子から人の容姿を変えることも可能になった今、僕らは皆似通った容姿をしている。だが彼女は大勢の人とは違って見えた。そばかす、癖のある髪、しゅっと尖った瞳。規定外なのに美しく見える彼女に僕は戸惑ったまま一日を終えた。

 宇宙の美しさや闊達な船の頭脳ティンカーとの面白い会話、何より美しい鹿のようなケイ・ミオカ。何もかも味わいつくせぬまま、僕はしばらく眠りにつく。凍結され、起きるのはラウレンティスに到着する朝。

 何が待っているのだろう。心にあるのは期待だけだ。

 

 ホシノ・ケイジの航海日誌三日目

 

  目覚めると窓の外は圧倒的な緑だった。地球で既に多くが失われた植物。なんて美しい星だろう。気圧、空気の確認や調整が済んだ後ようやく外に出る。

 ラウレンティスに我々と同じ知的生命体はいない、というデータだったが空からは自然の合間に道や建物の痕跡が見えた。かつてはここに栄えた文明があったのかもしれない。

 とはいえ僕の使命はこの星の歴史を知る事ではない。新しい食物を採取し地球にもたらす事だ。これだけ見知らぬ植物が育つ星だ、期待できる。
同じように瞳を輝かせているケイ、それからその名の通り小さな妖精に姿を変えたティンカーと外に出る。

  やはり惑星ラウレンティスは僕らのダイヤモンドだった。初日で新種の果物を五種類も見つけた。ティンカーの分析結果も申し分なく、無事地球に持ち帰ることができそうだ。とはいえ貯蔵室にも、時間にもまだまだ余裕がある。もう少しこの惑星を楽しもう。

 一つ気になるのはケイ、それからティンカーまでもがこの惑星からは音楽が聞こえる、と言い出した事。植物以外の反応は無い、というモニター情報から矛盾している。

 草場の影から何かが飛び出してや来やしないか。 僕は少し怯えながら歩いている。

 

ホシノ・ケイジの航海日誌四日目

 

  驚くべきことが起こった。

僕らは音楽の源を見つけた。それは人間と同じくらいの大きさで、地球のヒマワリによく似た花だった。

 花が、ハミングのような音を出しながら風もないのに左右に揺れていた。しかし、驚きはそれだけでは終わらなかった。花の中央、ヒマワリなら種が出来る部分からポロポロと何かがこぼれたのだ。

  零れ落ちたものをティンカーに分析させようと手を伸ばした僕をケイが止めた。よく見れば零れ落ちたものは凄い勢いで地中に根を張り、芽を出そうとしている。

 ほんの5分ほどで芽が伸び、50㎝程の葉が出てきた。 伸びた葉は花のハミングに合わせて揺れている。僕はその葉を掴み、ぐっと抜いた。

 「Фея леса!」

謎の言語を発しながら、葉の下から謎の生き物が出てきた。

小柄ながら四肢があり、人間によく似た姿をしている。色はリンゴのような赤で、頭から葉が生えていた。腰を抜かした僕はティンカーに言った。

「生命体は居ないって話だっただろ?これはなんだ?」

「植物です。新種の」

ティンカーの指示通り、僕とケイは周りに生えた揺れる葉を次々と抜いた。葉はどれも同じ音声を発しながら外に出てきて、仲間同士集まって揺れていた。極めて大人しい種族の様だった。その様子をモニターしていたティンカーが言った。

「どうやら昆虫程度の知能を持つ植物のようです。互いに微弱な信号を送って仲間を認識しているようです」

「四肢を持って歩く植物だって?」

「そうです。電波や音声の簡単な信号で仲間同士交流しているようです。どうしますか?偽造信号を送れば、食物を船まで運ぶ程度の簡単な労働をさせることも可能ですが」

 この惑星の植物の大きさに辟易していた僕はティンカーの提案に乗ることにした。ケイは違う星の生物を奴隷にするなんて、と渋っていたが一時的に仲間と認識させるだけで通信を切れば彼らはまた自由になる、と聞き承諾した。彼女も重い果物を船まで運んでいく原始的な作業にうんざりしていたようだ。

「彼らのことはフェーヤ、って呼びましょうよ」
ケイが言った。
「フェーヤ?」
「妖精、って意味。彼らの言葉ロシア語みたいでしょう?」
言われればそう確かに聞こえなくもない。

 とにかく僕たちはティンカーの出す笛のような音に従うフェーヤを引き連れ食べ物の採取を続けることにした。フェーヤは良いパートナーだった。力持ちで、数が足りなくなればその辺で揺れている草を引き抜くだけで補充できる。

僕らの仕事は順調に進んでいる。地球に帰る日が楽しみだ。

 

ホシノ・ケイジの航海日誌五日目

 

 順調、と考えるのは甘かったようだ。探索中突然の悲鳴に振り返ると巨大なカエルのような生物が長い舌を伸ばしフェーヤ達を巻き取り丸ごと飲み干していた。

小魚の群れの様にうろたえ、舞い踊るフェーヤ。ティンカーが離れた場所で笛を吹き、彼らを退却させる。そのすきに僕とケイはカエルをプラズマ銃で撃ち息の根を止める。念のため武器を携帯していて良かった。

ぶよぶよした水風船のようなカエルが倒れるとフェーヤ達が死体に群がった。よく見るとカエルの体液をちゅうちゅうとすすっているのだ。

「食べてる…!」
ケイが驚いた。
「彼らはこの星の植物です。遺伝子情報から分析すると両方ともあの大きな花から生まれたようです。互いを食べることで肥料のように養分を得ています」
ティンカーが言う。彼女がフェーヤ達を整列させようと笛を吹いても彼らはしばらくカエルに執着していた。

その様子を見ていたケイが呟いた。
「美味しいのかしら…?」
「ケイ!」
思わず声を上げる。僕たちの星では生物保護の観点から動物を食べることが禁じられていた。かつての『肉』という食べ物の味はシステムで再現されているが原料は全て植物性だ。
「あら、だってこれも植物なんでしょう?見た目はグロテスクだけど料理になってしまえば分からないわよ。食べられるかどうか、船に持ち帰って分析しましょう」
結局僕達は巨大なカエルの死骸をフェーヤに運ばせることにした。

 

ホシノ・ケイジの航海日誌六日目 

 

 その夜僕は胸騒ぎで目を覚ました。見ると窓の外に赤い火が揺れていた。火事だろうか、規模が大きいようなら船を動かさないと。急いで外に出るとケイが焚火の前で瞳を輝かせていた。

 就寝時刻はとっくに過ぎている。そう言うと彼女は軽く手を振った。
「ここは地球じゃないわ。ルールを守らなくても、私達は自由なの」

 考えたこともなかった。決まった時間に起き、眠る。それはルールではなく僕らの体や精神を守るための措置だと思っていた。

 自由、不自由?上を見上げれば明かりの無いこの星の夜空は美しかった。
その時僕は何かが焼ける香ばしい匂いに気が付いた。串にささった何かが、焚火の火で炙られている。
「昼間のカエルもどきよ」
「どうして調理システムを使わない?」
自分で調理をする、というのは僕達にとってのタブーだった。いったいどれだけの人が食中毒や細菌で命を落としただろう。
「拒絶されたのよ。この肉には分析できない成分が含まれています、安全ではありませんって」
「そんなものを食べようなんて、どうかしてる!」
ケイは黙って串を取り、肉に噛り付いた。汁がしたたりおち、彼女の唇を濡らす。僕は息を飲み見守った。倒れるのでは、と思ったが彼女は飲み下し笑って見せた。

「大丈夫。毒がないかは確かめたわ。ねぇ、食べてみたい物があっても調理システム任せ。身体に悪い事はしちゃだめ。私達はまるで機械の子供みたいだわ。この星にいる時ぐらい、自由になりたいとは思わない?」
僕の頭はぐらついている。でも何故か、抑圧されていたから意識できなかったのだ、と言う言葉が脳裏に浮かび離れなくなった。

 ケイは夢中で謎肉にむしゃぶりついている。
「美味しいの、それ…?」
躊躇いがちに声を掛ける。ケイは僕にも一本の串を差し出した。
「最高よ。食料ハンターなら食べてみなくちゃ」
分析できない成分、調理システムの拒否。色んな考えが頭をよぎったが僕は目の前の物の誘惑にこらえられず肉にかぶりついた。結局僕の好きなことは食べる事だけなのだ。

「うまい…!」
一口食べて思わず声が漏れた。ただ焼いただけなのに、ねっとりと甘さを感じる脂が絡み付きそれでいて臭みはない。少し歯ごたえのある肉は噛みしめるほど味わいを増してゆく。赤身の肉のような味わいかと思ったが部位ごとにまるで違った味が楽しめる。白い脂身のような部分は口でとろけ消えてしまう。軟骨のようなコリコリとした骨のようなものが入った部位もあり食感がたまらなかった。
 気が付けばあっという間に一本食べてしまっていた。ケイの周りにも食べ終わった後の串が散乱している。

「お腹も一杯になったし、今度はあなたが食べたくなったわ」
彼女の目が妖しく光る。人間同士の性交渉は推奨されていない。病気のリスクが高すぎる。しかし彼女は構わずに僕の上に乗った。
「私は今自由なの。自分のしたい事をするのよ」
彼女の意識に飲み込まれ僕の良識ははじけ飛んだ。

 

ホシノ・ケイジの航海日誌七日目 

 

 朝起きるとケイは裸の背を向けハミングを口ずさみ揺れていた。その旋律やリズムがこの星の巨大な花やフェーヤを彷彿とさせ僕はぞっとした。

「私手に入れたの、自由の代償と本当の幸せ」
ケイの声は静かだった。
 彼女は大きく両手を広げ駆け出した。広げた両手は日の光の中で葉に変わり、頭は花へ、駆けていた脚はやがて地中に根を張り一本の花になった。
ちょうど人と同じくらいのサイズの。

 その時僕は初めて僕が今まで見ていた花がなんだったのかを理解した。この星の文明を築いた人達がどこへ消えたかも。
吐き気を懸命にこらえ、船に飛び込む。もうこんな場所には居られなかった。

 

ホシノ・ケイジの航海日誌八日目

 

 僕は今地球へ向かう船の中だ。
時が経って、僕の頭がリズミカルに揺れ出してやっと彼女の言う「自由の代償と本当の幸せ」が理解できた。

 太陽にでも突っ込んでしまおうかと思ったけれど僕はもう乗っ取られている。だいだい全ては機械任せの船だ、進路を変えようなんて考えるだけ無駄。信じられないような多幸感。僕はハミングを口ずさみ、小さく揺れていた。

 船は地球に着くだろう。沢山のギフトを乗せて。

                                  FIN.

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ピクミン3

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